避難から3日、家に近づくこともままならず

写真左手の山側には建物が残っているものの、桜庭さんのお宅から右手の海側は、ほとんどの家が根こそぎ流された。

 岩手県の北東部、北上山地の沿岸部に位置する、九戸郡野田村。2011年3月11日の東日本大震災では震度5弱の揺れと大津波に見舞われ、村のおよそ3分の1に及ぶ、478棟の家屋が倒壊しました(岩手県災害対策本部8月10日発表)。
桜庭様のお宅があるのは、かつて「野田本町」と言われた野田村の中心部。海岸からは1キロあるかないかの場所で、周辺には300戸ほどの住宅が建ち並んでいました。とはいえ一帯の家屋は津波に押し流され、悲しいことに震災後は見る影もありません。
3月11日、桜庭さんご夫妻は自宅で遅い昼食をとろうとしていた時、あの地震に遭いました。「今まで経験したことのない揺れに、これは危ないと思い、すぐに車で久慈方面に避難しました」とご主人。室内にいて地震による被害はなかったものの、窓の外を見て揺れの大きさに驚いたそうです。小さい時から「大地震が起これば、津波がくる」と両親から教えられていたというご主人。そのとっさの判断が、ご夫妻の生命を守ったのです。しかし、もちろんお二人とて、直後にあのような大津波が襲ってくるとは思いもしませんでした。現にその時は「久慈に行けば、ご飯を食べられる」くらいの気持ちで家を離れ、我が家の存在をその目で確かめられたのは、震災から実に3日後のことだったのです。

目を覆う惨状のなか、ただ1軒、津波に耐え抜いて

 避難していたご夫妻が家に帰ろうとした時、国道45号は久慈市と野田村の境目あたりですでに通行止めになっていました。結局、車中泊2日。もちろん翌日も家を見に来ようとしましたがかなわず、3日目になってようやく村に入ることができたのです。
村にさしかかるとご近所の方に再会し、お互いの安否を気遣う言葉を交わしながら、そこで初めて「桜庭さんのところ(=家)は残っている」と知らされました。しかし、一帯はガレキだらけで近づけず、国道の方から遠目に我が家を確かめるにとどまりました。
ご主人がいとこと2人、ガレキをかき分けながら我が家にたどり着いたのは、4日目のこと。しかし、その惨状は目を覆うものでした。奥様がショックを受けるのではないかと、ご主人はデジカメに収めた写真を見せるのをためらったほどだったのです。
1階部分には、余所の家のトタン屋根や車、さらに海岸の防潮堤にあった松林の松の木がぶつかって、ひどく損壊していました。壊れた開口部からは家財道具がすべてさらわれ、その代わりに流れ着いたガレキで出入口は塞がれていました。外壁や内壁には床から120センチほどの高さまで浸水の汚れがあり、建物の基礎高が地面から45cmの設計でしたので、津波の高さは165センチを優に超えていたのです。  しかし、周囲の建物が津波にのみ込まれたなか、桜庭さんのお宅だけは、同じ場所に傾くこともなく、しっかりと残っていたのでした。

明日への希望は「FPの家」とともに

 その後、すぐに連絡が取れたFPの工務店は、ガソリンの手配がつき次第、駆けつけました。そして建物を見た社長は、力強くこう言ったのです。「直せば入れる!」 その一言は、途方に暮れていた桜庭さんご夫妻を、どれだけ勇気づけ、安心させたことでしょう。震災までの9年間、ご夫妻はこの家で快適生活を謳歌してきました。ご主人は「(これから先も暮らすのは)ここしかない!」と考えていたのです。
10年ほど前、転勤族の桜庭さんは定年を間近に控え、安住の家を求めて情報収集をするうちに、「FPの家」を知りました。寒がりのご主人が“あったかい家”を第一条件に、県下で最も実績のある工務店を探し当て、パネルの製造工場も見学し、FPに勝るものはないと確信して建てた我が家。当時は「あたたかさ」だけを考えて選んだのが、今回の震災で期せずして「頑丈さ」や「強度」が実証されることになったのです。
かくして桜庭様邸の再生計画は始まりました。周辺のガレキ撤去、家の水抜き作業…、震災から2カ月で電柱が建ち、2〜3週間で電気が復旧。6月からスタートした改築工事は2カ月余りで終了し、桜庭さんご夫妻は以前の暮らしを取り戻したのです。
「私たちは恐ろしい思いもしていないですし、音も聞いていないし波も見ていない。涙も出ませんでした」と当時のことを淡々と語る奥様ですが、家を失った人を思いやり、言葉を詰まらせる場面もありました。
この家が地域の人たちにとっても、明日への希望や心のよりどころになれば…桜庭さんご夫妻はそんな思いを抱きながら、甦った「FPの家」で新たな一歩を踏み出しました。

  • 再生を果たした桜庭様邸。この地を撮影に訪れたカメラマンは「未曾有の災害にも負けずに残った『根性の家』と名づけてくれた」という。

  • 静謐(せいひつ)な表情の和室を見ていると、津波があったことなど嘘のようだが、窓の外には以前とは別の風景が広がっている。

  • 「『なぜこの家だけ残っているの?』と、どれほど多くの人に尋ねられたことか…」としみじみ語る奥様。